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川越の歴史

川越の歴史

 都市に直結する鉄道3線があることからベッドタウンとしての機能を持ち、関越自動車道・国道16号・国道254号など、交通も便利であるため商工業の拠点としての役割の他、郊外に広がる畑作地により、都市近郊の農業線産地としても県内有数です。また、史跡・祭りなどに加え、街並み景観などを目的に散策する観光客も多く、首都圏に位置しながら歴史と文化、自然の豊富な町として知られています。良好な都市機能、住環境の充実によりますます発展をつづけ、2003年4月、県内で始めての中核市となりました。



衛星都市への道

  川越市が首都近郊都市へと発展を始めるのは、1945年代の末頃からでした。それ以前の時期は首都へと結ぶ交通機関を再建し、整備することに力が注がれていました。鉄道の再建にあたっては通勤者たちの運動が大きな原動力となりました。

  大合併の翌年、1956年に「首都圏整備法」が公布されると、近代都市としての立ち遅れを言われていた川越市は、大規模な都市計画に乗り出すことになりました。これは、首都に集中しすぎた大規模な工場や大学を、首都周辺の市街地開発区域に移すという計画です。1960年には総合都市計画案が練られ、1962年には市街地開発区域に指定されることになりました。

  また、川越狭山工業団地の造成や東上線や国鉄川越線の沿線地域で住宅化が進み、旧市街地に連なる北西・南西・東南部が市街化していきました。こうして人口が増えるにつれて、首都圏に位置する川越はその足の便の良さと相まって、大都市東京のベッドタウンへと姿を変えていきます。

  こうして市の人口は増加の一途をたどっていきましたが、それは人工の数の上で増加しただけではなく、川越生まれの人に代わって、転入者の数が増加したということでもりました。在来者・転入者とも、市民としての意識にはほとんど差はありません。同じ故郷に暮らす仲間として郷土愛をはぐくみ、お互いに交流を深めています。



街並みの返還

 小江戸と呼ばれた川越には、北部市街地を中心に、蔵造りの家が数多く残っています。江戸時代から明治にかけてうち続く火災から財産を守るために耐火建築として建てられた蔵造り。土蔵の他に店を厚く塗りごめにした店蔵は、先人の知恵と共に江戸情緒を豊かに残しています。

 1923年の関東大震災の影響も少なく、戦災にもあわなかったことが幸いして、昔ながらの面影を多く残しています。また、戦後南の商店街に中心が移ったことも蔵造りの保存に役立ったようです。しかし、最近ではビルの建設も多くなり伝統ある街並みの保存が叫ばれています。

 1983年に市民を中心に「川越蔵の会」が発足。街並み保存のための計画づくりを進めています。また、民間の美術館や民俗資料館がオープンしたり、街並みに合う看板や門壁の改造等、市民の中から自主的な活動が広がっています。

 市でも個性ある都市づくりの一環として、道路や交通体系の見直し、電線の地下埋葬、町屋保存のための助成・融資、デザインチェック機能等、具体的な施策を計画しています。



鉄道の歴史

  1872年に東京に鉄道が敷かれると、急ピッチで全国に鉄道が整備されていきます。川越-東京間の交通はもっぱら新河岸川の舟運が 主要な役割を担っていましたが、川越商人たちは鉄道沿線の商人たちに利益が分散すると考えていたため鉄道の敷設に協力をしなかったということもあったようです。

  しかし、鉄道が敷設されていく中で旅客は鉄道を利用するようになったが、荷物は依然として舟運を利用していました。ですが、 東上鉄道(後の東上線)の開通によって荷物輸送も鉄道へ移行。トラック輸送も盛んになり新河岸舟運は衰退していきました。さらに1920年に 新河岸川が改修され通船は困難に。そして1931年頃の改修では通船不可能となり、舟運は事実上終わりを告げることとなりました。

1895年  川越鉄道、現西武鉄道が開通。川越-国分寺間を結ぶ。
1906年  川越電気鉄道が開通。川越-大宮間を50分で結ぶ。通称「チンチン電車」と呼ばれる。
1914年  東上鉄道、後の東武東上線が開通。川越-池袋を結ぶ。旧称川越町駅が現在の川越市駅へと改称。
1915年  翌年に現在の川越駅である川越西町駅が完成。
1929年  東上線の電気化。
1940年  国鉄川越線開通。これに合わせ東上線川越西駅が川越へと改称。
1985年  川越線の電気化。



今後の展望

  周辺の自治体と連携し、きたる21世紀に向けて『さいたまK2プラン』というプロジェクトを策定しています。これは 首都圏中央自動車道沿線市町の飯能市、狭山市、鶴ヶ島市、日高市、川島町、毛呂山町、生越町を活性化し先進的都市ゾーンを作るというものです。 川越市では歴史のある街並みの整備などを行い、魅力と活力に満ちた高感度な中心業務ゾーンの設備を進めていくことになっています。

  豊かな自然と香り高い文化を継承しがら、地域産業の振興を図り、各自で独立したゾーンを作ろうというものです。これは個性的なまちづくりのためのプランであるといえます。